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結局、京阪大津線は必要なのか

実は、私は京阪沿線に住んでいるわけでもないし、学校や職場といった目的地があるわけでもないが、京阪大津線石山坂本線京津線の総称)をけっこう利用している。これは、移動手段としてではなく、移動そのものが目的になっているのだ。風情やらノスタルジーやらを批判しておきながら、そういう需要の一端をちゃっかり、うっかり、担っているのである。
しかしやはり虚しい。こういう企画も、乗客獲得のためにはやむを得ないのだろうが、やはりなんか違うだろう、と。鉄道は目的地に行くための手段だろう、と。
阪急や東急は、沿線に職場と住宅という「目的地」をうまく作った。そう、本当にうまかったのだ。今から既存の鉄道路線が阪急や東急を真似るのはほぼ不可能だろう。
閑話休題。そんなに乗客数が少ないのならば、いっそのこと廃止してしまえばいいと見る向きもあるだろう。ただ、鉄道は一旦廃止されると、復活させるのはきわめて困難である。かつての京都市電をLRTとして復活させようとして行き詰ったこちらがいい例だろう。
世界の都市の中には、公共交通の必要性を見直す動きもある。その上、日本は世界屈指の高齢社会だ。今後、公共交通の重要性がますます高まることが予想される。
大津線が必要であるためには(そもそもこの表現が矛盾に満ちているのだが)、浜大津の発展が不可欠であり、また最も手っ取り早い方法だろう。しかし、例えば無理やり盛り上げられたテーマパーク的な街よりも、住む人が心地よく暮らしている街を目指すほうが、本当の「風情」を纏えるのではないだろうか。
では結局、京阪大津線は必要なのか。「わからないが、やはりあったほうがいいと思う」としか言いようがない。