平和堂守山店

平和堂守山店が、建て替えられることになった。

www.heiwado.jp

www.kyoto-np.co.jp

京都新聞の記事は読んでいないが、以前、自分で調べていたことを元に書く。平和堂守山店は1976年2月28日に新設された。ちなみに、彦根銀座店が1957年、草津店(現在の名称は「くさつ平和堂」)が1968年の開業である。
1986年には守山駅前に、平和堂をキーテナントとした「セルバ守山」ができたが、1998年に平和堂は撤退した。1994年には同じく平和堂を核店舗とした「ららぽーと守山」が開業し、2014年に「モリーブ守山」に改称。現在でも平和堂が核店舗だが、正確には大型店である「アル・プラザ」を名乗っている。

現在の平和堂守山店。新旧の高層マンション群に囲まれている

この表示板には昭和49(1974)年5月30日とある。大店法の申請が通った日とかだろうか

ここは「平和堂」である

現在、平和堂が新規開業あるいは建て替えてリニューアルオープンする場合、大規模店は「アル・プラザ」、中小規模なら「フレンドマート」として開業するのが基本で、店舗名として新たに「平和堂」を名乗ることは少ない。ただし、石山店は建て替え後も「平和堂」としてリニューアルオープンした。守山店はどうなるのだろうか。

 

大宝テニスコート

ある日、こういうお知らせを見た。

www.city.ritto.lg.jp「長年」とあるがどのぐらいなのか気になって、過去の航空写真を見ると、1987年の時点でテニスコートの場所は森だった。だから、このテニスコートは30年ほどの歴史だったということか。

跡地を見に行った。

f:id:sarmpt7201:20220223102133j:plain

何かが建ちそうな更地

ついでにこの道路も。

f:id:sarmpt7201:20220223101416j:plain

f:id:sarmpt7201:20220223102816j:plain

工事が進んでいる

 

本屋の文芸コーナーで、文学作品を元にした映画の15秒とか30秒とかのCMを、リピートで、しかも大音量で流していることがよくあった。本屋としてはもちろん元の文学作品の販売促進のために流しているのだろうが、効果があるとは思えず、むしろ本を買うのをためらわせる方向にさえ働いているのではと思ってしまうほどだ。自分が買う本を選ぶ時にそれをずっと聴き続けていると頭がおかしくなるので、店員に「ちょっとこれ止めてもらえますか」といつか言ってやろうと思っていたが、なかなか実行できず、やがて本屋に行かない生活になってしまった。いまも大音量CMは流れているのだろうか。

ネーブル大宝をさがして

大津、草津栗東、守山あたりの、スーパーマーケットがいつできたのかを調べている。

大津、草津、守山は、『市史』の近現代のページを見ると、スーパーマーケットができたことを歴史の一部として書いてある。だいたい1970年代に、スーパーマーケットの開業ブームがあったようだ。

しかし栗東は、栗東町史(栗東「市」は2001年まで栗東「町」だった)である『栗東の歴史』に、スーパーマーケット開業についてあまり書かれていない。そこで、平和堂の社史『奉仕と想像の50年 平和堂の歩み』(以下、『平和堂の歩み』)を見ると、栗東を含め、すべての平和堂の2007年2月までの開業年について書いてある。

平和堂栗東店」が開店したのが1980年。これは、当時栗東町で唯一の鉄道駅であった国鉄手原駅の近くの店舗だ。

そして、「平和堂大宝店」が開店したのが1987年だということがわかった。ちなみにJR栗東駅の開業は1991年。

 

問題はここからである。この「平和堂大宝店」、かつては「ネーブル大宝」と呼ばれていた記憶がある。しかしそのことは、『栗東の歴史』にも『平和堂の歩み』にも書かれていない。

平和堂のサイト内検索では、「平和堂大宝店」はあるが「ネーブル大宝」はない。平和堂としては、「ネーブル大宝」という呼称とは無関係ということか。

f:id:sarmpt7201:20191030115254j:plain

ネーブル大宝」だった場所は現在、自動車用品店「ジェームス 大宝店」になっている

 

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2735039?tocOpened=1

国立国会図書館デジタルコレクションで見つけた。『食品商業』という1990年12月の雑誌の目次だろうか。「ネーブル大宝SC(滋賀県栗東町)」とある。「SC」はショッピングセンターの略だろう。実際の文章は確認していない。

 

http://www.city.ritto.lg.jp/soshiki/kyoiku/shogaigakushu/siminkaigi/3489.html

栗東市青少年育成市民会議 広報誌『息吹』のバックナンバーがある。第16号(2012年3月)に、「ネーブル大宝店閉鎖のため白ポスト移転予定」というお知らせがある。

 

また、2003年に運行が始まったコミュニティバスのバス停で、現在「新霊仙寺橋」とあるのが以前は「ネーブル大宝(店)前」だったらしい、ということがネットの情報を総合するとわかるが、正確な情報とまでは言えない。事実なら、ネーブル大宝が閉店した2012年のタイミングでバス停名を変えたのだろう。

f:id:sarmpt7201:20191030114928j:plain

現在の「新霊仙寺橋」バス停

 

以上と、その他のネットの断片的な情報、そして私の個人的な記憶より、少なくとも、地域住民が認識できる呼称として「ネーブル大宝」が使われていた、ということは間違いないだろう。ただ、それがどのような経緯でいつからなのかはわからない。

 

https://www.heiwado.jp/ir/img_54pdf/all.pdf

「『フレンドマート・D大宝店』(業態変更)」とある。2010年のことだという。知らなかったというか、印象が薄い。業態変更後に「ネーブル大宝」と呼ばれていたかどうかも覚えていない。このころには、栗東駅前に同じ平和堂であるアル・プラザ栗東ができていた。このあたりで「平和堂」といえば大宝ではなく栗東駅前のアル・プラザである、という認識になっていたと思う。業態変更の効果もかんばしくなかったのだろう、結局、業態変更の1年半後には閉店してしまう。

 

 

 

わかったこと

  • 平和堂大宝店は1987年開店、2012年閉店

 

わからなかったこと

  • いつ、なぜ、「ネーブル大宝」の呼称ができたのか
  • 結局「ネーブル大宝」とは何なのか

 

参考資料

 

栗東町史編さん委員会 編『栗東の歴史 第三巻 近代・現代』(栗東町、1992年)

平和堂 編著『奉仕と想像の50年 平和堂の歩み』(平和堂、2007年)

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2735039?tocOpened=1

http://www.city.ritto.lg.jp/soshiki/kyoiku/shogaigakushu/siminkaigi/3489.html (『息吹』第16号)

https://www.heiwado.jp/ir/img_54pdf/all.pdf